滝口正哉『江戸町奉行所 与力・同心の世界』(岩波新書、2026)を読んだ。

帯に大きくあるように、時代劇、時代小説でおなじみの江戸町奉行所の与力や同心の仕事と暮らしぶりを丹念に解説している本だ。うちの母が宮部みゆきや宇江佐真理を愛読しているので、小説でなくとも興味を持つかと思い購入した。フィクションや江戸時代の大まかな行政に関する歴史教育を通して、人口に比して司法、警察、行政を担当する役人が極端に少ないのは知っていたが、与力や同心が臨時の業務、出役として山王祭と神田祭の巡行行列警備に当たったとは知らなかった。もう一つ驚いたのが、与力や同心が拝領した屋敷の敷地を分け、与力は医者や学者といった知識人階層に、同心は町人や都市下層民に家を貸すのが黙認され、貸家経営者ともなっていたことである。本来の職務以外での報奨や付け届け、貸家経営などで蓄財した与力、同心の家は江戸の文人たちの支援者、同好の士ともなってゆく。芭蕉や北斎は興味があって作品を読んだり、絵を見たり、題材になった現代のフィクションに触れたりしていて、かかわりのある武士の名前があちこちに出てきてはいたが、江戸の御家人層の側から芸術家、学者とのコネクションを具体的に名前を挙げて示されると、おお、こんなつながりが……と感嘆する。
与力、同心人物伝もおもしろい。豪奢な生活に明け暮れて処罰された人、ドラマになりそうな名刑事、政局にうまくのって町人からの転身と成功をおさめた役人というよりは凄腕の投機家のような人。そして樋口一葉の父。彼が御家人株を買ったのは知っていたけど、経緯は初めて知りました。
明治政府への行政実務引継ぎを行った「最後の与力」が当時20代と10代の兄弟だったのも初めて知った。かれらが家の役目を継いだのは実年齢で11、2歳の時なのである。あんまり早すぎやしませんか。これは室町時代が舞台の『新九郎、奔る!』でも描かれているが、「なんで十うん歳ちょっとで役につけちゃうんだよ」と現代人のぼくは早く大人にならないといけない社会にあきれたり、自分ならとてもできないなとおののくのでありました。
