『パディントン』(追記あり)
『パディントン』を見てきた。
ペルーの森で暮らしていたクマのパディントンは地震ですみかを失い、おばのすすめで、かつておば夫婦とあたたかい交流を持った探検家が住んでいるロンドンへ密航する。ロンドンへたどり着いたパディントンだが、故郷で練習したようには人間と交わることもできず、途方に暮れているところをブラウン一家に拾われる。母メアリーと息子ジョナサンは優しくしてくれるが、父ヘンリーと娘ジュディはなかなかなじめない。ブラウン夫妻とパディントンはゆかりの探検家を探すことに。一方、自然史博物館の剥製師ミリセントは珍しいクマ、パディントンに目を付け、剥製にしようと狙い始める。パディントンは無事、探検家を探し当てられるのか?
マイケル・ボンドの児童文学『くまのパディントン』を原作にしたコメディ/アクション映画である。子供向けの本の定番として長く読まれ、人形アニメやセルアニメにもなっている。先行する映像作品はもとより、原作の挿絵も本物のクマではなく、ぬいぐるみのクマが生きて動いているように見えるのが特色だが、今回の映画のパディントンはもっとクマクマしい、生き物のクマに近いデザインで(もちろん生きているクマではなく、3DCGで描かれている)、ジュディの台詞ではないが「キモイ」という評判が立った。ぼくも劇場のポスターやチラシを見た時は「あんまりかわいくないな。前の人形アニメみたいなのがいいのに」と思ったのだが、見たら感想が変わった。「クマクマしい」パディントンは動いたらけっこうかわいらしいし、なにより、ぬいぐるみでは剥製にならない。この話はぬいぐるみ然としたクマでは説得力に欠ける。
saebouさんがブログで述べられているが(マット・ルーカスが心配だ…『パディントン』(ネタバレあり) - Commentarius Saevus)、この映画では人種差別と帝国主義批判がされている。パディントンがリアルなクマの姿で描かれているのは、人種差別と帝国主義批判を扱うのに、いかにもぬいぐるみではかわいらしすぎて、それらの酷薄さがうすれるというのもあるかもしれない。
パディントンは原作と同じように食堂のテーブルを汚し、バスルームを水浸しにしてしまうんだけど、これがまあ、見事なまでにバッチい。お泊りに来たよその子供が粗相をしちゃってえらいことになった、後片付けうんざり……なおもしろさだが、うんざり感がポイントであろう。
パディントンは天災を逃れて身ひとつで外国にやってくる。原作のボンドは第二次世界大戦中にイギリスの田舎に疎開してきた子供たちを念頭に置いて書いたそうだが*1、パディントンのほかにも、この映画の中では骨董商のグルーバー氏が戦争孤児だった過去が描写されている。ブラウン一家など、困っているクマを助けてくれる人もいるのだが、別の社会からやってきて、ロンドンの都市生活のルールに従って行動できないクマに多くの人は冷淡だし、ブラウン一家の隣人カリーさんは露骨に嫌な顔をする。戦争や自然災害による難民の経済的、精神的な苦境を思わずにはいられない。観客はだいたいがクマびいきになって見ているだろうが、普段の生活でよその人と近く暮らすことになったらどうなるか。カリーさんみたいに嫌味を言わないにしても、トラブル続きでは「やっぱりよそから来た人と暮らすのは難しいよ」となるのだろう。たぶんぼくはなる。
クマたちによくしてくれた探検家はミリセントの父モンゴメリーで、調査資料としてクマの剥製を持ち帰ることを拒否したために学会を追放されていたこと、そしてその遺恨がミリセントが貴重な動物の剥製づくり、パディントン捕獲の動機であることが明かされる。モンゴメリーのペルー探検はクマたちにマーマレードをもたらした「文明開化」として描かれていて、コミカルではあるものの、帝国主義時代に「未開の」集団に対して文明人たちがどう接していたかもそれとなく伝わるようになっている。各地の生き物を剥製にすることで、世界の全体をミニチュアのコレクションとして所有できる/したい。ミリセントの「世界の所有」という野望は、文明化された社会の構成員にとっての世界把握の方法を戯画化したものだろう。
在りし日のクマの森の住処や地理学協会のファイリングシステム(シュートボックスなど、ちょい古な感じ)、ブラウン家の内装などはそれぞれの持ち主の好みや思想を視覚的に反映しているようで、とてもおもしろい。ブラウン家は吹き抜けの螺旋階段の壁に桜の木が描かれていて、おしゃれだ。
なお、マーマレードにはクマに必要な一日分の栄養素が含まれているそうなので、ぼくも鑑賞後、自家製マーマレードをヨーグルトに混ぜて食べました。
2018年2月8日追記。
続編『パディントン2』はシェイクスピアの『冬物語』からのセリフやキャラクターにもじりやモデルがあるそうだが、DVDで「パディントン」を見直したら、本作にもシェイクスピア「冬物語」の言及がある。パディントンが泥棒を追いかけるシーンで、学校にいるジュディも出てくるが、授業で『冬物語』を勉強しているぞ。
くまのパディントン―パディントンの本〈1〉 (福音館文庫 物語)
- 作者: マイケルボンド,ペギーフォートナム,松岡享子
- 出版社/メーカー: 福音館書店
- 発売日: 2002/06/20
- メディア: 文庫
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