chilican's diary

読んだ本や聞いた音楽の話をします。

ロマン・カチャーノフ『ミトン』

 あけましておめでとうございます。
 2018年になりました。去年は腰を据えてパソコンに向かうことがさっぱりできず、ブログの記事は大みそかに滑り込みで3つ一度に書き上げるのがやっとでした。ブログはツイッターでつぶやいた映画や音楽の感想のまとめになるとは思いますが、今年はもう少し記事を書きたいと思っています。しかし、来年のことでなくても、元旦に一年の計を立てるとこっそり物陰で鬼が笑うものです。こまめにブログを書こうかなあ。ここはふわふわした希望にとどめておきましょう。

 今年の干支は戌です。午前中は映画を見ました。2018年の映画鑑賞も犬の映画から始まりました。

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ロマン・カチャーノフ『ミトン』(ぬいぐるみ付き『おかえり、ミトンBOX』)

 『ミトン』、ロマン・カチャーノフ監督の人形アニメーション(1967年、ソ連)です。

 ある冬の日、一人の少女がアパートの中庭で飼い犬と遊んでいる人々をうらやましそうに見ている。女の子は隣家から子犬をもらうが、母親は犬を飼うことを許してくれない。がっかりした女の子が雪の公園で、手編みの赤い手袋を犬に見立てて一人で遊んでいると、いつの間にか手袋が勝手に動き出し、あっという間に子犬の姿に……!

 『ミトン』はロマン・カチャーノフが監督、レオニード・シュワルツマンが美術を手掛けているので、『チェブラーシカ』シリーズと街並みや人々の姿かたち、何より世界の雰囲気がどこか通じるものがある。ミトン犬は『チェブラーシカ』に出てくる犬のトービクにそっくりなのだ。2001年から2003年ぐらいに、どちらも最初の大規模な日本での紹介が始まったと記憶している。日本での劇場公開やDVD化も2年違いくらいで、どちらも書籍やぬいぐるみが出て、しばしば隣に並んでいた。ミトンの犬のぬいぐるみを買って家に置いていたら、編み物が趣味の母が、彼女オリジナルのミトンぬいぐるみを作っていたっけ(なのでうちにはミトン犬がいっぱいいる)。どちらかを見た人は多分もう片方も見て、両方を愛しているのではないかと思うけれど……。
 なお、ぼくはこのクリスマスに、2008年に出たぬいぐるみと文具とDVD(「ミトン」「ママ」「レター」の3本立て)のセット『おかえり、ミトンBOX』を手に入れることができた。中古で買ったわけではない。ほぼ10年越しである。DVDは数年前にさらにカチャーノフの作品を数本追加したものが発売された。

 「ミトン」「ママ」「レター」はすべて、都市で暮らす父親がいないか家を離れている母子家庭が舞台だ。「レター」は船乗りの父の便りを待つ母子の物語。夜の街が海に、アパートのベランダが少年の乗る船になる。哀しく幻想的だ。今回買ったDVDで久しぶりに見て気が付いたんだけど、『オデュッセイア』を下敷きにしている。

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ひょっとしたら、近くの町にいるかもしれないミトンとチェブちゃん

 とても愛らしく、また物悲しい映画である。ぼくはきょうだいがいないし、犬もいなかったので、まさしく『ミトン』の女の子と同じように一人で過ごすことが多かった。親が忙しく働く一人っ子でなくとも、誰でも子供のころには空想の友達がいただろうし、一人遊びはそれこそいつまでも続けられただろう。
 ミトンの手袋が元気いっぱいで、飼い主を一身に愛する子犬に変身するのは、まさに奇跡である。想像力を目いっぱい働かせることがこの映画では描かれている。また、そのたぐいまれな想像力の産物、理想の子犬という贈り物を受けるにふさわしいと思わせるほど、少女は孤独だ。母親は一人で働いて娘と二人暮らしているのだが、おそらくは専門職だろう仕事に時間とエネルギーを割かなくてはならないために、娘の孤独にも、その願いにも目を向けられずにいる。家でもずっと仕事の本を手にしているので、台所の鍋さえあらぬところをお玉でかき混ぜてしまうほどだ。ひとり親の母親が労働も家事も育児もしなくてはならない、というのは現代の日本にも通じる状況ではあるけれど、1960年代のソ連の都市生活を舞台にしているから、『ミトン』の母子家庭の状況は、公的には男女の別なく働いているけれども、私的な家庭生活ではおそらく家事は女の仕事という考えがあって、結局女性が賃労働と家事の両方をしなければならなかったソ連の社会を描写しているのだろう。
 ソ連の都市生活に注目すると、女の子が住んでいるアパートは窓から見える2階建ての建物よりも高いから、ユーリー・ノルシュテイン『話の話』に出てくる2階建ての木造モルタル共同住宅より後の時代のコンクリート製アパートなのだな、などとわかったりもする。
 ソ連住宅事情についての記事を紹介する。

jp.rbth.com

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 『ミトン』は人形アニメーションだが、人形の実在感が、手袋が子犬に変わるという奇跡の手触りを観客にも伝えている。手袋の毛糸の手触りが犬の毛のもこふわ感に通じているんだよね。
 ぼくは手袋が本当に子犬に変身したのだという奇跡としてみている。つまり、女の子とミトンが帰宅して、観客の視点が母親に同化すると、我々は忙しすぎて想像力を働かせられなくなり、奇跡を失うのだ。けれども、犬の棒探し競争で、大人の審判にもミトン犬が見えることを含めて、女の子の空想だと解釈することができるだろう。多分そちらのほうが合理的なんだけど、それはあまりに孤独な子供の幻想でしかなくて、なんだかつらくなってしまう。だって、真っ赤なミトン犬はとっても生き生きしているのだもの!

 

 制作スタジオ、ソユーズムリトフィルムのYoutubeチャンネルで『ミトン』を見ることができる。公式チャンネルだから、製作者にお金はいるよね。紹介します。


Мультфильмы: Варежка

 DVDには日本語の字幕がついている。