chilican's diary

読んだ本や聞いた音楽の話をします。

最近読んだ本: フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

しばらく気づかなかったのだけれど(そうしょっちゅう本屋やCD屋に行かないし)、岩波文庫ウィリアム・フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』(藤平育子訳)がでていました。

アブサロム、アブサロム!(上) (岩波文庫)

アブサロム、アブサロム!(上) (岩波文庫)

アブサロム、アブサロム!(下) (岩波文庫)

アブサロム、アブサロム!(下) (岩波文庫)

上巻は昨年10月、下巻は先月出たみたいですね。上下巻の場合、普通は両方一度に出すもののような気がするけれど。特にこれはすでに評価の定まった本で、新著というわけではないのだから。とはいいつつも、これまで文庫では講談社学芸文庫しか手に入らない状況が続きました。ハードカバーでも河出の『世界文学全集』が3年位前にやっと。20世紀のアメリカを代表する作品のひとつでありながらこの状況だったところに、2000円ほどでハンディな文庫がでたのは非常に良いことであります。

初めて読んだのはかれこれ13,4年前になるんだけど、いかんせん廉価なものがでておらず、図書館で借り読み、しばらく経ってまた借りてを繰り返していました。ところが今住んでいる自治体の図書館にはフォークナーなんぞありゃしないので、やっぱり自分で買わなきゃねえ、と思っていたら刊行されたので、こういう縁は大事にしたい。

ミシシッピー州ジェファーソンに突如現れた成り上がりもの、トマス・サトペン。その一族の隆盛と没落を描く作品なのだけれど、語り手によって何が起きたか、起きたことはどういうことであったかの見方が異なる。それらの語りから総体としての出来事を見い出すのがこの作品の(そして言ってしまえばフォークナーの)醍醐味です。それぞれの挿話の語り手の解釈、全体の語り手であるクエンティン・コンプソンの解釈、それを聞くシュリーブの感想、それらすべてをひとつの物語として提示した作者の意図、それを読む読者の解釈。全部に重なり合わないものが出てくる、しかも読むたびに違うところが引っかかる。実に読み応えがあって飽きない。

愛というのは難しいですね。愛にとらわれてのっぴきならないところにいたってしまう登場人物たちの欲望と苦しみの奔流のような小説だ。そしてひとり愛とは異なる欲望に突き動かされて生きるがゆえに、すべての現況となる男はブラックホールのようにも、逆に彼だけシンプルな行動原理でしか動いていないようにも見える。

ほかの作品(クェンティンは『響きと怒り』の登場人物でもあります)ともつながるので、ついつい続けてほかのも読んじゃうんですよねえ、フォークナー。