chilican's diary

読んだ本や聞いた音楽の話をします。

吉田隆一&酉島伝法『響生体』(2017)

 吉田隆一&酉島伝法『響生体』(2017, Velvetsun / SONOCA)を聞きました。

velvetsun.theshop.jp

 吉田隆一(Baritone Saxophone)
 酉島伝法(イラスト、設定、言葉)

 

 バリトンサックスの無伴奏ソロ曲集だ。多重録音もあるが、バリトンサックス以外の楽器は一切出てこない。また、CDやレコードといった物理媒体はなく、イラストカードを購入し、配信サイトからデータをダウンロードして聞く形になっている。パソコンや携帯プレイヤーでも聞けるが、CDに焼いても聞こうと思い、ジャケットもブックレットもないから、こちらのサイトのテンプレートを利用して自分で好きなように作った。

katakake.com 紙の片側をもう片方に差し込んで封筒型にした。映っていない、表ジャケット側には音源についてくる「響生体」のアルバムアートワークを印刷してある。

『響生体』自作ケース

『響生体』自作ケース



 制作の経緯は上掲のVelvetsunの販売サイトにある吉田さんの文章で読めるが、未知の生物「響生体」の姿がアルバムのイラストであり、音は「響生体」の声という作品である。5つの群に分類された全24トラックの声の記録がアルバムに収められているのだが、トラックの並び順と、各群の章立ては揃っておらず、下の写真のように異なる、しかし明らかに何らかの意味を持った列をなしている。

『響生体』ダウンロードファイルのフォルダキャプチャー画像

『響生体』ダウンロードファイルのフォルダキャプチャー画像

 この章立てで連想するのはイタロ・カルヴィーノが描いた幻想小説『見えない都市』である。世界を旅するマルコ・ポーロフビライ汗に、どこにあるとも知れぬ、あるいはどこにもない、奇妙な都市について報告する小説だ。9つの章の中に、55編が入っているのだが、11の題名のついた章群と無題の対話編があり、題名付きの各編にはそれぞれ番号がついている。それぞれの群は、規則性と対称性のある配列をなしている。読者は本をはじめから終わりまで順に読んでもいいし、各群ごとに読んでもいいし、番号ごとに読んでもよい。読み方を変えるたびに別の世界が現れる小説だ。

 『響生体』も同じようにして、アルバムの曲順に、各群に分けて、あるいは番号ごとに聞くことができる。これまた『見えない都市』と同じなのだが、『響生体』は強い幻惑性があって、ある一群をまとめて聞いていると、ああ、これは主題があって変奏があってまた主題が出てきてという形なのかなと思うのだが、トラック順に聞くとそうしたまとまりをとらえることが難しくなって、ああ、この響きは前にも聞いたよな……あ……とよくわからなくなってしまう。音楽の形式をもっとよく知っていて、記憶力の良い人はそんなことはないのかもしれないけど。

 演奏は吉田隆一さんに期待する、かっこいい響きと変な音と、魅力的な旋律の語り口がそろっている。まだまだ聞きつくしてはいないけど、ぼくのお気に入りは、闊浮(かっぷ)群です。新垣隆&吉田隆一『N/Y』に入っている「皆勤の徒 ~酉島伝法に~」も連想したのですが、闊浮(かっぷ)群は巨体の生き物がぶんぶんと歩いているような感じがします。ユーモラスでうきうきします。

 

見えない都市 (河出文庫)

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