chilican's diary

読んだ本や聞いた音楽の話をします。

蓮見令麻『Utazata』

 蓮見令麻 / Utazata (2015, Ruweh Records)の感想です。

f:id:chilican:20180117113246j:plain

Rema Hasumi "Utazata"

Rema Hasumi(p, vo)
Todd Neufeld(g)
Thomas Morgan(b)
Billy Mintz(ds)
Ben Gerstein(tb)
Sergio Krakowski(pandeiro, adufo, karimba)

 福岡県出身でニューヨーク在住の音楽家、蓮見令麻さんのことは、ウェブマガジンJazzTokyoの連載記事や、よく見に行くブログやツイッターで交流しているジャズ好きの皆さんの投稿で知っていて、興味はあったのだが、アルバムを手にするまでには結構時間がかかってしまった。ぼくの中で、今こそその時と予感がしたのが、昨年の12月だったのである。

 

f:id:chilican:20171226121400j:plain

蓮見令麻 "UTAZATA"

 

 日本の伝統歌とフリー・インプロヴィゼーションと思しき曲で構成された作品だ。日本の音楽は宮廷の儀式音楽(雅楽の「東遊」)、宗教音楽(仏典や仏教の教義をうたった和歌に曲を付けた「御詠歌」)、福岡の民謡「筑前今様」、京都の民謡「竹田の子守歌」の4曲が取り上げられている。時代も地域も歌ってきた人の社会的階層も、歌われた場所もそれぞれ異なる。どれも聞き覚えはあったけど、節を口ずさめるほどではない。ぼくはこれらの歌をきちんと歌えたりするほどにはよく知らない。それにもかかわらず、この4曲を「日本の音楽」としてまとめて認識できた。その認識はぼくが近代以来の民族意識をそれなりに持ち合わせていて、それを強化する教育を受け、うのみにするつもりはないけれどそうした社会で暮らしているからできたことだ。そのことを再確認した。
 日本列島各地で近代以前からうたわれ、演奏されてきた音楽を取り上げているとはいえ、このアルバムの演奏は、伝統音楽を発祥の時代の様式にのっとって再現するものではないし、日本とアメリカの音楽家がそれぞれ自分たちの音楽を持ち寄って一緒に演奏したというのでもない。蓮見は自身のブログで次のように解説している。

 日本の伝統音楽から、「東遊」、「筑前今様」、「御詠歌」、「竹田の子守唄」を取り上げ、それぞれのテーマをキャンバスにして、インプロビゼーションで抽象画を描いていく様に演奏したものだ。

(中略)

理論や格好良さを武器にしたものばかりではなく、抽象や「いびつ」さが中心になる世界観が表現されてもいいのではないかと感じていた。

 蓮見令麻ブログ Strings Of Devotions の2015年4月29日の記事'REMA HASUMI "UTAZATA"'より引用。 

remahasumi.blogspot.jp

 このアルバムを手に取る最初のきっかけはJOEさんのブログ記事だった。JOEさんは次のように読み解く。

 この音楽は、かつてハードバップに傾倒したニューヨーク在住の日本人音楽家が、伝統的音楽と言っても彼女自身の音楽的基記憶とは本来無縁のはずの(間違っていたら済みません)音楽を主題とし、現地の多文化的出自を持つミュージシャンたちとともに、西洋音楽に源流を持つフリーインプロヴィゼーションを共通言語として、ニューヨークで演奏される、という、何重にもねじれた構造を持っている。

outwardbound.hatenablog.com

 これらの解説、解釈を頼りに考えるに、Utazataでの「日本の音楽」の形は、ちょうどカズオ・イシグロが『遠い山なみの光』『浮世の画家』で、社会調査や文献資料ではなくイシグロ自身の生活や父母との会話から構成された「イシグロの記憶の中の日本」を作品世界にしたのと似た成り立ちをしているのではないだろうか。イシグロとは違い、蓮見は自身の日本の伝統音楽の探求について、参照した文献や音楽家を公表しているけれども、蓮見が探求し表現/再現前する日本の音楽は、「これが日本の音楽です」と公的なお墨付きとともに示されるものと完全に一致はしない。重要なのは個人性だ。蓮見自身が歌い、聞いてきた昔からある音楽と、公教育で教えられてきた伝統、そして彼女が自分のものとして表現したい音楽、それらが複雑な重層をなしている。そして、聞き手もまたそれぞれの音楽的重層に意識的になって鑑賞する。Utazataの楽しみの一つがここにある。

 

 とても美しく、また豊かなゆっくりさが時間感覚を変える。特に「御詠歌」に対しては蓮見の演奏で見方が大きく変わった。これまでは法事の時に僧侶の後について、むにゃむにゃ、よたよた、おずおずとなんとなく口に出してみる節でしかなく、音楽として鑑賞したことはなかったのだ。蓮見のピアノと声のうた、トロンボーンとギターのうたは柔らかいけれども強い芯がある。ライブで聞いたことがないので、蓮見の演奏は2枚のアルバムでしか知らないけれど、歌とピアノだけの録音やコンサートがあったら聞いてみたい。また、トッド・ニューフェルドのギターにも心惹かれる。暖かさと、そばで聞いているような太い音。エレキギターやベース弾くと、指に弦の揺れが伝わって、感触と鉄のにおいが残る。手や腰を悪くして楽器を弾けなくなってから長くなる。もちろん、素人の楽しみに過ぎなかったけども、あの感覚がよみがえるのだ。

 

  試聴と購入はディスクユニオン、またはRuweh Recordsのウェブサイトでできる。海外通販は会社と配送業者によって期間や配達方法が様々だが、Ruweh Recordsは到着までの追跡も容易で、今回は8日ほどで着いた。

Rema Hasumi - UTAZATAwww.ruweh.com


Rema Hasumi's UTAZATA EPK