chilican's diary

読んだ本や聞いた音楽の話をします。

菊地成孔 南博『花と水』

即時性が尊ばれるネット、ことにブログにおいて、ひと月前は大昔とおんなじような感じさえしてしまうのですが(特に本と音楽の新作に関して、早く聞いて速くブログに書く、という熱意を持つ層がいることは確実だ。ぼく自身そういう熱意に浮かされたことがある)、いつのものだろうが、初めて聞くものは常に新しい。

菊地成孔と南博のデュオ・アルバム『花と水』(2009, ewe)を聞いた。
3度続けて聞いて菊地日記のぞいたら、鰻食ってニコニコしてる。鰻は好きじゃないんだけど、すごくうまそうに見える。
ぼくは摂食障害を患ったこともあって(病院の問診票の既往症の欄にまじめに書いてたら、確実に裏側に行っちゃうくらいいろんな病気になってる。めどいので、最近は書かない)、脂っこい物を食べたらやばい!と、揚げ物の衣を外し、肉の脂身を外して食べるのが日常になっていたj時期もあって、今はそんなことはしないが、普段油物を食べない食生活は完全に定着している。だから鰻なんて最後にいつ食べてみたんだか思い出せないけど、おいしいらしいですね。


鰻じゃないや、花と水の話。
一部弦楽四重奏が加わるものの、菊地のサックス(テナーとソプラノ)と南のピアノだけの澄んだ、しなやかな音楽。鰻っぽくはない。
デュオによる静謐な世界は、クラシック、特に室内楽を好む人やECMが好きな人にもアピールすると思う。

取り上げられている楽曲は次の通り(カッコ内は作曲者)。

上記以外に、「花と水」と題された即興演奏が7つ。
バッハ以外は菊地のこれまでの音源や書籍に触れていれば納得の選曲だろう。
ぼくが特に期待していたのは"Fall"だ。菊地のバークリー本や東大アイラーには菊地自身が演奏用に採譜したこの曲の楽譜が記載されているが、演奏はCDやビデオにはなっていなかったからだ。

バッハのサックス編曲はそんなに期待していなかったが、いい。
ピアノによるバッハの演奏はごく当たり前にあるのだが、サックスによるバッハはどうなのだろう。

即興曲コンポジションが互い違いにされているけれども、即興だからといって、菊地お得意のフリークトーンで絶叫ということはない。仮にここに収められている楽曲をひとつも知らない人が聞いたとして、即興演奏が作曲されたもので、作曲されている部分が即興なのだと言われたら、それをそのまま受け入れてもおかしくない。厳しさと柔らかさが一貫して感じられる演奏だ。
たとえば、ウェイン・ショーターの"Fall"やミンガスの"Orange Was The Color Of Her Dress, Then Blue Silk"のテーマ。何度も聴いたものだけれど、ああ、この曲ね、などという訳知り顔はとてもできない。テーマなのに、といういい方はおかしいが、例えば『美の壺』で「もーにん」が流れるときみたいな、おなじみ感はない。テーマだけでびりっとくることはあるけれども、これからどんなソロや和音が出てくるのか、という期待感のもたらす鳥肌ではなくて、テーマの演奏そのもののもたらす緊張と興奮。
こういうのを味わえる演奏はそう多くはない。